彼の演奏について全体的に感じたのは、響きに対するセンスが図抜けてよいこと、楽器を操る能力が恐ろしく高いこと、そして、 テンポ取りが全体的に速いため抒情的な作品においてそれが物足りなさに繋がってしまうこともあること、あたりだろうか。

前半のベートーヴェンでは葬送の１楽章のヴァリエーションでのメロディーの歌い方、浮き立たせ方などは感心のいくものだったし、 同じく葬送の２楽章や４楽章での指捌きの鮮やかさなどは強烈であった。ただ、全体的なテンポ取りが速めで、ベートーヴェンの ３１番などはもっと情緒的なテンポ設定で弾いてほしかったというのも正直なところ。個人的には終楽章はもっと宗教的な瞬間が感じられてもいいのに、 という感想で、どちらかというとメカが勝ってしまった演奏だったのではないか？と思ったりした。

後半のスクリアビンもファンタジーについては同様の感想。「幻想曲」という視点で聴いたとき、あまりに全体像があまりにはっきりくっきりしているなぁ、 と。あの素晴らしい第２主題ももっとゆっくり豊かに演奏してほしかったのだが、どちらかというとあっさりさっぱりという感じの演奏だったし・・・。 一方、この曲の最大に難所でもある左手の広範囲に及ぶアルペジオ〜和音跳躍の辺りにはまったくの迷いが無く、そういう点での安定感は充分というか、 さすがというか。そういえば左手のオクターブパッセージを両手に分けて弾いていた点、あれは硬質の音が欲しかったのだろうか、ちょっと気になった。

つづく、マズルカ〜焔に向かってまでは、総じて素晴らしい出来。個人的には作品５１の３曲目がちょっと速めで音量も大きめだったように感じたが、 特に炎に向かっては初めてライブでプロの演奏を聴いたのだが、音色の移り変わり・徐々に増していく音量・緊張感、いずれを取っても非の打ちどころのない演奏だった。

リストの２曲のうち１曲目は当日の演奏曲目変更だったのだが、個人的にはジュネーブの鐘は好きな曲だったので弾いてほしかったなぁ、と。 そして本人編曲のハンガリー狂詩曲１３番。これは彼の本領発揮、鍵盤上で大暴れという感じの演奏。ホントによくもそこまで弾けるなぁという技巧・音量・スピードの オンパレードで、純粋にスポーツ的快感をおぼえた演奏!!それにしてもあのホールをあそこまでピアノの音で埋め尽くしたピアニストも居なかっただろうに(^^)

弾き終えての大喝采に応えてのアンコール１曲目には静かなリャードフのプレリュード、続く２曲目のモシュコフスキーのエチュードは本人の手が入ったヴィルトゥオジックな演奏。 そして最後はモーツァルトのトルコ行進曲。やはり弾きなれているせいもあるのだろうが、圧倒的な音量・技巧で聴かせ倒す演奏で、これまた大喝采。 実は同じ曲を９月にガブリリュクが弾いていたのだが、やはり本家にはまったく歯が立たないというか、別次元の演奏を聴かせてくれて、これにはもう笑うしかない、という感じ♪ 若手のピアニストは随分聴いてきたが、ここまで突き抜けている演奏には本当に唖然としてしまった(^_^;)　今後も暫くはこの手の路線をメインにやっていって欲しいなぁ、 などと思ってしまったり･･･。

前半はヴォロドスの出番のコンチェルト。今年はホントこの曲を聴く機会が多い（４回目！）のだが、今年一番の出来、というより今まで聴いた どの演奏よりも出来が良かったと思う。全体的にテンポも速めでヴォロドス自身もかなり自由にルバートを掛けたりして弾いているのだが、 これに小澤征爾が強力にオーケストラを引っ張り上手く合わせており、これほど息のあった演奏をライブで聴くとは！という出来。

ヴォロドスのソロは、もちろん彼の体格から繰り出される轟音とも呼ぶべき大音量も存分に発揮していたが、それ以上に素晴らしかったのがピアニッシモの表現。 本当に芯の通った、しかも音量を充分に絞ったピアノの音で何度も聴いているこの曲でいくつもハッとする瞬間を創ってくれていた。しかも、オーケストラも この静かな音を壊すことのないくらい静かな響きで合わせていて、指揮者の力量というものも見せ付けられた感じ。ヴォロドスにも数箇所のキズも有ったし（一箇所は結構目立つところで）、 オーケストラも置いていかれそうになったところも正直あったが、そんなものをすべて超越したソロ・そしてアンサンブルには本当に脱帽。

アンコールは彼の得意技？のイタリアンポルカ。ＣＤにもなっているが、随分また変えた印象。楽譜を見たわけではないが、また手を入れている感じだった。そして、 小澤征爾に勧められての２曲目はマルチェッロのオーボエコンチェルトからの編曲。これまた静寂の世界を存分に聴かせてくれた名演。弾き終えてからの数秒の静寂が 非常に印象的だった。

後半は超有名曲？の７番。この曲をライブで聴くのも１５年ぶりくらいか（確か、まだ学生になったばかりの頃にサントリーのｐ席で新日フィルの演奏だったように記憶している･･･）。 小澤征爾のベートーヴェンは今まで第９をＣＤで聴いただけなのだが、どちらかと言うとゆっくり目の演奏だと思っていた、そんな予想を裏切ってかなりヴィヴィッドでエネルギッシュな演奏。 というより相当熱い演奏でもう７０歳を迎えんとするとは思えないパワーに圧倒されてしまった。音楽をやっていて本当に楽しそうで、喜びが満ち溢れているのがずんずん伝わってくるのを 聴くと、彼の実力・人気というものがホントよくわかった。それにしても久しぶりに全面的に満足のいく演奏会に出会えたことは何よりの喜びであった。

ところが、一番の驚いたのはもちろん豪腕をうならせるところもあるものの、今回のリサイタルにおいてはその弱音の美しさ・粒立ちのよさ、或いは ノンペダル奏法によるクリアな響きづくりなどが何よりも際立っていたところ。そういう意味では正直、演奏スタイルが大きく変化してる!!というのが第一印象。

前半に展覧会の絵を持ってくるのもかなり重たいプログラムだが（そういえば去年のプレトニョフもそうだった）、ここでは３曲目のテュイルリー庭園での 弱音美音が秀逸、それとカタコンブに続く死せる者との対話の右手のトレモロ、こんなにピアニッシモでしかも粒が揃っているトレモロを聴いたのは初めての体験！ 一方、ババ・ヤーガではかなり速めのテンポで硬質の音を響かせつつ力強い演奏を聴かせるなど、本当にどこも聴きどころばかり、という演奏だった。

後半は一番楽しみにしていたショパン＝ゴドフスキーのエチュード。これにも正直、度肝を抜かれる出来栄えで、こうまで立体的にかつクリアーに、そして うるさくなく聴かせる演奏はアムランのライブ・リベッタのライブも聴いてきているが、初めての体験とも言っていいほど。１０−４による狐火（４番）や１０−５によるタランテラ（９番）では ＣＤも含めて初めて聴こえて来るような旋律が浮かび上がってきたり、１０−６によるもの（１３番）で左手のヴェルヴェットのようなアルペジオを聴かせたり する一方で、１番の後半での雷鳴のようなオクターブでの下降スケール（これは最初の２音くらいを１−５，１−４と弾きそのあとは１−５で全部弾いていた）を 披露するなど自由自在な演奏。

アンコールはショパン／ゴドフスキーの小犬のワルツ、その後にラフマニノフのプレリュードを３曲。ショパン／ゴドフスキーはエチュード同様、非常にコントロールの効いた演奏。ラフマニノフは 特に３曲目の作品２３−５でスケールの大きな音楽を創っていた。

終演後にご多分に漏れず？サイン会の列に並んで一言二言話しかけてみたのだが、「ゴドフスキーの４２番をやらないのか？」と訊いたところ「あれは難しすぎるよ！」とでもいわんばかりの ジェスチャーを笑いながらしていたはなかなか可笑しかった。それでも、４２番と言っただけでちゃんとわかっているあたり、ひとしきり弾いているんだなぁというのが うかがわれたり･･･。余裕で弾けるだろうに、と言いたかったのだが言葉が接げなかったのは残念。また、「メトネルのソナタもぜひ聴きたい」と訊いたところ「次（の来日時）はやりたい」とのことだったので、これはまた楽しみ。

次回の来日はまだわからないが、きっと聴きにいってしまうだろうと思える充実した演奏会だった。

前半の曲についてはいずれもはじめて聴くようなものばかり。おもちゃのシンフォニーは原曲でもちろん聴いたことがあるが、ピアノでこうも自在に弾けると楽しいだろう。 編曲者は全く知らないのだが、楽譜などは出版されているのだろうか？

後半の後宮からの逃走・シンフォニー４０番あたりはカツァリスらしさが最も出ていたのではないだろうか？自編の後宮からの〜はピアノの良さを充分に生かした歯切れの良い 序曲が秀逸、シンフォニーの方はもともとはピアノ五重奏？（但し、ピアノソロでもＯＫと言うシロモノ）らしいのだが、一人で弾いているとは思えない、というよりフンメルの 編曲に飽き足らず自分で音を足しているのではないか？と思われるようなところが散見された。この辺は楽譜を見てみないとわからないのだが、これまた楽譜が手に入りにくそうな ものなのが残念。

アンコールは彼が最近？（ちょっと前から？）ＣＤに入れているメキシコの音楽から１曲、ボルトキエヴィッチからメランコリックなワルツ、そしてバッハの 平均律によるジロティ編曲のプレリュード。いずれも彼の手の内に入った曲でしなやかで心地の良い演奏。

ちなみに今回の会場の王子ホールはリサイタルで入ったのは今回が初めて。夏のコンクールがちょっと思い出されたが、やっぱり良いホールだなぁ、と･･･。

今回のプログラムは日本では珍しく（と思うのだが）、休憩後にコンチェルト、前半はオーケストラのみという構成、前半はいずれも初めて聴く曲ながら （というよりこの辺はもしかすると聴いているのが常識というか嗜み？なのかも(*_*)）、なかなかな演奏で楽しめた。

休憩後、登場のルガンスキーだが、演奏については基本線は守るものの変幻自在なピアノ、というのが第一印象。ピアノ自体もオーケストラの音量に埋もれてしまう事無く、 存在感を強烈にアピールしていた。歌いまわしも濃い目で好み、しかも３楽章の盛り上げ方もバッチリで非常に満足した演奏。

ちなみに、１楽章のカデンツァはやはり小カデンツァの方、まぁこれは大カデンツァを弾く方が珍しいかな、と。 また、指揮者とアイコンタクトをよくとっている分、オーケストラとの連携も素晴らしくかなりのルバートを掛けてもしっかりオーケストラが合わせていけていて、 １月にアムランと組み合わせでやった時に硬直テンポで泣かせたオーケストラとは思えない出来。というより、指揮者が悪かったことを改めて感じてしまった次第。

演奏自体は非常に盛り上がるものだったのだが、アンコールは無く、その代わり、指揮者の金聖響とルガンスキーでダブルサイン会が終演後に用意されていた。 本来はＣＤ購入者向けらしいのだが、勢いでＣＤも買わずに並んで、しかも５番目くらいにサインをしてもらって帰る。握手をしたが指が長い印象、もちろん、手のひらは厚く、いわゆるピアニスト手 をしていた。握手ついでに今日の出来は良かったよ、と言ったのだが、本人の表情はすぐれなかったのがちょっと印象的。今度（今度こそ？）はリサイタルを聴きに行きたいもの。

前半の頭、イタリア協奏曲は適度のペダル（左右）の使用以上に極めて正統的なというか端正な音楽作りで、個人的に抱いていたやや「イロモノ」系の イメージ（噂で聞くのはホロヴィッツ編曲をバリバリ弾くとか、などばかりだったので）は一気に払拭される。非常に粒立ちがよく、隙の無い演奏で一気に リサイタルに集中させられる演奏。続く幻想曲は響きを大切にしてよく聴きながら弾いているというのが分かる演奏。３曲目と４曲目はリストだったが、 前者は芯のとおった弱い音を存分に見せつけ、後者は鮮やかな指捌きと歌を披露してくれるもの。この辺までは本当に目立ったキズが無く、精度の高い 演奏をする２０歳だと聴いていた。全体的にここまではピアノの音がやや丸い音主体で、個人的にはリストのタランテラ辺りではもう少し野蛮な音も欲しい 気もしたがどうやらそれは楽器のせいだった様子。

後半までの休憩時間に調律師が鍵盤蓋をはずし調整をしたようだったが、その後のスクリアビンからは音がグッと引き締まったように感じられた。ただ、 正直、スクリアビンのソナタは不調だったのだろう、前半とはうって変わってミスタッチが増え（もちろん難しいせいもあるだろうが、そういうレベルではあるまい）、 ここぞ、という所でも今ひとつ突き抜けない感じの演奏となってしまい、ちょっと聴いていて不安感を覚えてしまった。ただ、これは杞憂に終わり、 その後のプロコフィエフ２曲はいずれも集中力の途切れる事の無い素晴らしい演奏で拍手喝采。 いずれのソナタも非常に静と動、緩急の対比を上手く表現しており、ある意味非常に分かりやすい演奏、とも聴こえた。６番のソナタも３番のソナタも 楽器を鳴らすべきところは鍵盤の底まで押して鳴らしきるぐらいのパワーも見せつつ、細やかな部分でのメロディーの掛け合いなどへの配慮も抜かりない。 久しぶりに充実したプロコフィエフのソナタを聴いた気がした。

アンコールはロシアつながりでスクリアビン２曲とラフマニノフを１曲。この辺は彼の持ち味の粒立ちの良い弱音とメロディーラインの歌いまわし、 そして熱いパッションでプロコフィエフに引き続いて満足感の高い演奏を聴かせてくれた。

そして最後にヴォロドス編のトルコ行進曲！　ホロヴィッツ関連の何かを弾くのでは？という期待はあったのだが、正直ちょっと意表を突かれた感じ。 演奏の方は最後のところでちょっと怪しいところがあったものの、決して上品でなくバキバキ弾いていてなかなか面白かった。終演後にサイン会の列に並んで サインをしてもらう時に楽譜はどうしたのか？と聴いたら「耳コピだよ！」とのこと。さすがに優等生的な回答だったけど、おいおい、それはちょっとじゃないの？、 なんて思ってしまった(^_^;)

前半はドイツもの、シューマンのアラベスクは途中テンポを大きく揺らすなど、独特の解釈。続くブラームスのソナタはプログラムの前半ながら相当の熱演。１楽章・２楽章はいずれも なにより、弾き終えてのガッツポーズにはびっくり！

休憩を挟んだ後半はロシアものから･･･。プロコフィエフのサルカズム（諷刺）は初めてその全曲を聴いたのだが（１曲目はアムランがよく弾いている）、その棘のある音楽を硬質な音で奏でていた。 なかなか魅力的な曲である事は感じたのだが、自分で弾くタイプの曲でない事もよ〜く分かったりする。(-_-;)
続く、スクリアビンの黒ミサは静と動を対照的に描き出す演奏で、後半に向けて徐々に熱を帯びるところは興奮した。そしてこの日の白眉はペトルーシュカ。とかく技巧を誇示するような演奏が多いなか、 技巧的な問題をまったく感じさせないばかりか、非常に音楽的に練られた演奏を披露してくれた。ピアノ曲という方向からのアプローチよりバレエ側からのアプローチが強く打ち出されているのが感じられる。 １曲目は速めのテンポ設定で推進力を感じさせる演奏だったし、３曲目の鮮やかなオクターブグリッサンドなど自由自在、という感じ。 そういったピアニスティックな興味をかき立てる一方、３曲目の謝肉祭〜での弾き始めがわさわさした感じであったりするところなどに、彼の恐るべきところがあるように思う。

アンコールは６曲。

ラフマニノフの音の絵はややペダルを少なめにしてスッキリした響きを作った演奏、ショパンのワルツ７番はオーソドックスな解釈で、弾き終わった後の余韻をたっぷりと取った演奏。 ブラームスのハンガリー舞曲はさすがにシフラ編とはならないもののノリの良い演奏。これは黄金時代のポルカも同じで、諷刺の効いたところはなかなか真似できない。そのほか、 ロッシーニ／ギンツブルグは得意の一品なのだろう、去年の来日時にも弾いていたが、ちょっと危ういところもあったりしたのだがまぁご愛嬌と言うところか。

非常に盛りだくさんの演奏会だったのだが、残念な事と言えばただ一つ、今回はカザルスホールでの公演、お客の入りが半分くらいだったことだろう。 もっとスポットが当たってよい、本当に素晴らしいピアニストだと思うのだが･･･。

プログラムはオーソドックスな古典〜ロマン派という流れに沿ったものだが、ペヤチェノヴィッチなるクロアチアの作曲家の作品が差し挟まれているところが彼女のオリジナリティーの一つの発露なのだろう。 全体を通して感じた事は細かなパッセージの粒立ちが異常に精度が高い事（軽やかさなどは恐るべきレベルだと思う）、非常に澄んだ音を持っている事、弱音が柔らかい音で綺麗な事の３点。 リスト（軽やかさ）やペヤチェノヴィッチなどでは滑らかで流れるような演奏を奏でており、彼女の持つ特質と相俟って、非常にチャーミングな出来であったと思う。一方、後半の ショパンでは、彼女の師でもあるザラフィアンツからの影響も感じられるところも散見され、興味深いものを感じた。

アンコールは普段、本番で弾いたペヤチェノヴィッチを弾いているそうなのだが、今回はその代わりに？隣国セルビアの作曲家、モクランチェック（初めて聴いた名前だがStevan Stojanovic Mokranjac(1856-1914)のことだと思う） のエチュード、それにドビュッシーとルービンシュタインの３曲。エチュードはスクリアビンの作品４２の３などとも近い感じの小品だったが楽譜は手に入るのだろうか？ ドビュッシーはゆっくり歌って、ルービンシュタインはさらり、という感じ。

ともあれ、演奏の方だが、１曲目の禿山の一夜は高校生のときにかなり好んで聴いていた曲、これはなかなか密度の高い演奏だったように思う。オーケストラ音楽の面白いところはやはり音色が多様であることなのだろう。打楽器パートが比較的よく見える２Ｆ左側の席だったので、関心を持ってみたこともあるのだろうが、 鐘あり銅鑼ありとソロピアノではなかなかままならないなぁ、などと思いながら聴いてしまった。ちなみにソロピアノによる演奏はベレゾフスキーが録音しているが、やはりオーケストラには勝てていないと思う。連弾だったらもっといろいろ出来るのだろうが楽譜は有るのだろうか？

続いてのコンチェルトは非常に精度の高い演奏、目立ったキズもほんの数箇所、と彼の高いポテンシャルと音楽性とを感じさせてくれた。かなりよく歌っての演奏で、注目のカデンツァも大カデンツァの方を演奏。この辺は１月に聴いたアムランとは対照的かもしれない。似ているのはいずれもテンポ自体がそれほど速いわけでなく、 むしろオケのテンポが上がらないのにピアニストがあわせているという様なところだったりするのだが、この日のギンジンの演奏は最後まで緊張感のある演奏だった。ちなみにこの日はコンチェルトのみ収録が入っており、今後ＣＤリリースもあるかも、との情報も。ギンジンのＣＤリリースもTri-Mのクラシック部門撤退から完全に止まってしまっているようなので、実現することを願うばかり。

アンコールはラフマニノフの前奏曲を２曲。特に２曲目の２３−５が秀逸。内声の響かせ方、メロディーラインのつなぎ方など非常にクリアーな音楽作り、そして最後は意図的に加速してそっけなく終わる、というところは彼の面目躍如たりといったところか。終演後にちょっと話しをする機会を得たが、あれはラフマニノフの弾き方をまねたとのこと。 あわせて、来年は５月末から６月始めにかけての来日、リサイタルと場合によってはコンチェルト（チャイコフスキー、と言っていたが多分１番だろう。２番とかならびっくりなのだが！）をやるとの事。リサイタルに関してはベートーヴェンのソナタを弾いたらいいのに、とかなりＰＲしておいたのだが、 他にもリストだのラフマニノフだのと注文が多かったのでちょっと容れてもらえないかな？

プログラムの方、休憩後は展覧会の絵。ピアノが原曲の作品だが、オーケストラによる演奏は色彩感においてもやはりピアノを上回るものがあるし、何より打楽器の部分が効果的だと強く思う。ピアノの場合は音の粒立ちがいいのだがその代わりに持続しない一方、オーケストラの方は特に弦楽器では音の立ち上がりがもっさりしているので、 切れ味がやや落ちるところがやや不満だったりするのだが、全体的な印象からいくと、オーケストレーションをしたラヴェルの勝ち、といったところだろうか。

演奏の方は前半が特に素晴らしい出来。バッハ＝ブゾーニはホールの響きも相俟ってオルガンにも劣らぬ壮大な響きを披露する一方、響きすぎて単にうるさくなる事のないよう、テンポを調整したりペダルを控えめにしたり、 と細かなところまで行き届いた、そしてかつ非常に安定した演奏。フーガはかなりのハイテンポで弾き始めたが難所の右手の６度進行のあたりもレガートで弾くなど余裕のあるところを聴かせてくれる。終わり方はブライトコップフの楽譜とは異なり、 ホロヴィッツが弾いているのと同じ終わり方。客席がこの１曲目からハイテンションになっているのが感じられるような演奏。つづくヴァリエーションも緻密な音楽である一方壮大な音楽でもあり、昨年聴いたペトルシャンスキーにも並ばんとするような 密度の濃い演奏。そして、前半最後は月光ソナタ。全体的に抑えをきかせた１楽章、そのなかで浮き上がるようなフレーズ、ほぼ楽章の切れ目なく続けた２楽章はややレガートリッチな演奏、そして激しいテンペラメントの３楽章はキズもほとんど無い出来で この日１番の集中力で弾き切っていた。前半終了時にアンコールが出るのではないか、というくらいの盛り上がりようで本人も非常に満足そうな表情を浮かべていたのが印象的。

後半はリストのソナタ１曲のみ。こちらの方は正直前半ほどの集中力が保てない部分もあったのか、ちょっとしたキズも散見された。それでも全体的な出来は高く、聴いていて飽きるとかつまらないというようなものとはかけ離れた演奏であった事は事実。

アンコールはおもむろにショパンのノクターンを弾き始めたが、これは去年聴き損ねたものだとあとから気づく。演奏自体は穏やかで美しさを全面に披露したもの。特に右手の細かな装飾パッセージは極上のもの。その後は拍手が起こるとそのままピアノに座る事、２曲。 リゴレットは新しいレパートリーなのだろうか、彼の録音でも聴いた事はないが「歌」であることを強く感じさせるような演奏。曲の終わりのcon somma passioneのところからは３拍子に聴こえるような弾き方だったのも印象に残った。この辺から本人もリラックスしてきたのか 表情も柔らかくなってきていたし、演奏ものびのびしたものになってきたように感じられた。

３曲目はツェルニーのヴァリエーション、おそらく１９９９年のエリザベート王妃国際コンクールの時の課題曲であろう、古典的な技巧満載の曲だが、ありがちなツェルニーの印象とは凡そかけ離れたキュートな弾きぶり。 シューベルト＝リストでは息の長いフレーズを聴かせる演奏を、そしてさらに続く５曲目は初めてギンジンを聴いた時のアンコール曲でもあったロッシーニ＝ギンツブルクではきわめて技巧的なところを聴かせてくれた。後者は以前と比べるとやや余裕が出てきたのか表現の自由度があがっているように感じた（間合いの取り方とか）が、 そのへんが彼の成長の一面なのかもしれない。そして最後はバッハでしっとりと･･･。

終演後はサインを求める長蛇の列の最後に並んで少々話すチャンスを得たが、当日１７日は彼の誕生日でもあり、ハッピー・バースデイの合唱が起こるなどちょっとしたハプニングも！（ちなみにその間、彼はなんとも神妙な顔をしていたのがまた印象的!!）２１日のコンチェルトも聴きに行く事を話すと 嬉しそうであった。

当日になって（というより弾く段になって）一番初めにアラベスクが挿入され、分量としてはかなりのものに。シューマンのアラベスクはしっとりした歌い口で 万全の出来。つづくハイドンも変ホ長調という調整も相俟って明るい雰囲気がホール一杯に広がる演奏。どちらかというとペダルも多めであったので、どちらかというと あまり古典派していない感じの演奏かと。ショパンのソナタは方向性としてはホロヴィッツと似通った方向なのだろうか？かなり奔放に弾いており、 ここぞというところで轟く低音がダイナミックな演奏を形作っている。

後半はロマン派を中心とした編曲集を並べているが、個人的にはウィーンの夜会の三連符やシュルツ・エヴラーの右手の細かなパッセージの粒立ちの素晴らしさや、 オクターブ演奏の華やかさ、そしてウィンナーワルツの雰囲気たっぷりの酒・女・歌あたりで楽しめた。ちなみに酒・女・歌はおそらくチェルカスキーの演奏に インスパイアされた部分が多いのだろう、チェルカスキー短縮版での演奏であったし、アーティキュレーションの方向性も非常に似たものを感じた。

アンコールについては聴衆を意識したのであろう、ショパンの有名な作品を２つ、と最後にお遊び的に？！ミットラーの小品。ちなみに、ミットラーの小品は 録音から自分で耳コピーしたものとのコメントが弾く前にあった。

終演後は楽屋の前でひとしきり草野さんとお話しをしてから帰ったわけだが、やはりプログラム組みをもう少し考えた方がよかったかなぁ、としきりにおっしゃって いたのが印象的。確かに、地元の一般聴衆には特に後半の演目はそれこそ訳が分からない？というようなところもあったのではないか？と思ってしまった。 これが東京のもう少し中心で、という事だと随分感じも変わっただろうし、盛り上がりももっとあったのだろうとちょっと残念に思う。それに、ソナタの楽章間で 拍手を入れるというようなこともなかっただろうに、とも思ったり。ちなみに草野さん曰く、やっぱり夜のリサイタルの方がいいなぁとのこと、次回は期待したい ところ･･･。

ちなみついでだが、演奏会場を後にし、駅の途中にあった喫茶店で４時半から８時過ぎまでＯさん＆Ｍさんとわたしたち４人で濃いぃ音楽談義が出来た事も 大きな収穫だったりする。何よりの驚きは草野さんと青井先生が３０云年来の友人であった事なのだが･･･。一体どこに接点があってなのだろう？謎ではある。

入ってびっくりなのは、草野さんご自身が会場の中を歩き回って談笑したりピアノの前に座ってちょっと音を出してみたりと非常にくつろいだ雰囲気だった事。こんな感じのコンサートは今まで体験した事が無かったのでかなりインパクトは強かったが、 いままでも幾度となくこうした形式でやってこられているご様子。ちょうど１９世紀のサロンを髣髴とさせるようなアットホームな雰囲気が何より良い。ちなみに演奏前にもちょっと音を出していらっしゃったのだが、その中では「アルベニス／ゴドフスキーのタンゴ」やら 「ゴドフスキーのパッサカーリア」などもあって、それだけでも楽しい気分になってしまう。

演奏に先立って大体５〜６分くらい草野さんのトークがあるのだが、非常に話が面白く引き込まれてしまう。演奏の方も非常によくコントロールされていて、特に左ペダルの使い方が勉強になる。この左のペダルについては去年のペトルシャンスキーのときにも感じたのだが、 一流のピアニストはみなこのペダルの使い方が違う気がする。

休憩後は編曲モノを中心としたプログラム。いずれもドラマティックな演奏なのだが、特にこの中では（おそらく得意としている）ヴォカリーズが良かったように思う。厚いテクスチュアの中からメロディーラインを浮き上がらせる、或いは対旋律を絡み合わせる術などは 生で間近に見ることが出来て本当に嬉しい限り。アンコールの「人生は一度きり」はボレットの演奏を模したエンディングを採っていて、こうしたところもツボを見事についている。

こうした形式では今度は６月頃を予定されていらっしゃるようで、次回も是非聴きに来たいと思う演奏会であった。

演奏の方は随分勝手が違って、最初のところはよくリズムが取れていなかったのがバレバレながらそれ以降はオケもうまく絡み合っていて、充実した演奏だった。個人的にはもう少しロシア的な？唄いまわしというか 豊かに唄ってもらってもいいのかな、と思うところもあったのだが、大カデンツァも聴く事ができたし、そもそもおそらくメトネルのコンチェルトなど生で聴く機会は暫くはこないだろうと思うと、忙しいなか、 無理やり聴きに来た甲斐があったというもの。

アンコールは最近全曲演奏をし始めているらしいアルベニスのイベリアからエヴォカシオン。非常に静かな中から始まって静かなうちで終わるこの曲の静謐さ、それでいてその中に込められた熱い思い、というものをアムランは十分に引き出して いたと思う。わずか５分ちょっとの演奏だったが、非常に満ち足りた思いになった。

次回以降の来日はまだ何も決まっていないようだが、次はソロリサイタルで何か聴かせてもらいたいところ。個人的にはリストとかバッハ／ブゾーニ辺りがいいなぁと勝手に思っているのだが･･･。

ちなみに、一昨日と同じ曲目のヒンデミット＆シベリウスも正直、今回の方が段違いに良かったと思う。集中力が違うのかそれともホールが違うのか、或いは２回目でこなれてきたのか分からないが、 説得力もあり、また響きも豊かで退屈とは縁遠い演奏であった。ただ、できることならやはり違う演目を期待してしまうのは贅沢なのだろうか？

一方、「協奏」曲という点から見ると、何よりオケとの呼吸がイマイチのところが耳について残念。（アムランのテンポ揺らしにオケがついていけてないため、 なんかちぐはぐに聴こえる（というか聴いてる感じだとアムランはもっと速いところは速く弾きたそうだったけどオケが伸びずに窮屈そうだったようなところがちらほら！？）） この辺はどうしても合わせの練習不足も有るように感じてしまった。

個人的にはそれより何よりアンコールの水の反映の方が断然調子が良かったし凄かったと思う。正直、似合わないような気もしたが（個人的には音の絵でも弾くかと思っていたので ちょっと、え！って思ったが、逆に「こういう曲も弾けますよ！」という事らしい）音色の透明感とか弱音とかは簡単そうに弾いているけどとんでもなくレベルの高いものだった。

ちなみに前後のヒンデミットとシベリウスは８割がた寝ていたので感想については特になしm(__)m。　ちなみついでだが、オーチャードホールにはそれこそ１０年ぶりくらいで行ったのだが、 どうやら平土間のところは音が届かないホールの様子。自分は３Ｆの左側バルコニーで聴いていたのでそれほど感じなかったが、ホールの幅が大きすぎる事、 天井が穴の開いた鉄板で音が戻ってこない事などをみるとさもありなん、といったところかな、と。