前半のバッハ=ブゾーニのうち、コラール前奏曲はゆったりした大きな音楽を作っていてなかなか味わいのある演奏。ニ短調のトッカータとフーガは ブゾーニがオルガン曲をピアノに編曲しなおしたもの故、その壮大さ・華麗さをいかにピアノで表現するかが興味深いところなのだが、やや消化不良。 彼自身、最近になってレパートリーに入れたものなのか、暗譜が怪しかったり、そのため鍵盤を底まで押し切れていないように感じられるところが有ったのが気になった。 休憩前の最後はモーツァルト、淡々というのがいい表現なのだろうか？落ち着いたテンポで弾いているのだが、音抜けなどの細かいキズがどうしてもモーツァルトでは目立ってしまうのが残念。

後半はショパンのバラード、かなり期待をして来た所なのだが、１番はコーダのところで暗譜が怪しくなって弾き直してしまうトラブル、それが２番・３番にも影響したのか、全体的に今ひとつ集中しきれていない 演奏になってしまっていたように感じた。４番は持ち直して、という感じだろうか、４曲の中では一番の出来。コーダからはかなり熱い演奏で最後まで一気に！という感じであった。

アンコールは３曲、1曲目のショパンのノクターンは静かで落ち着いた演奏、音の綺麗さと相俟っていい雰囲気を作っていた。２曲目のラ・カンパネッラも軽やかな感じで 腕の冴えを見せている。個人的にはこの日１番の出来だったと思うドビュッシーの月の光が３曲目。この演奏は非常に透明感ある音で弾いており、彼のよさを充分に表せていたと感じた。

ちなみにこの日の席は２ＦＣ３列８番、２Ｆのステージ正面だが、ちょっと距離のあるところ。

休憩後はシューマンのヴァイオリンソナタ、これは本当に初めて聴いた曲、あんまりシューマンにありがちな陰鬱というか病的な感じがなく聴きやすい曲だった。続くソプラノ独唱は なかなか澄んだ歌声で心地よい時間。

さて、前半はソナタ３部作から２曲とおとぎ話を２つ。個人的には休憩前のソナタ（ハ長調）が一番の出来かな、と。意識して聴いたのは殆ど初めてなのだが、速いパッセージも しっとりとしたメロディーもいずれもバランスよく表現されていたかな、と。と、その前のおとぎ話の２曲目（鐘）、隠れた?!難曲なのだがこれも恐るべきテンポで弾ききり、 技巧的なところでの万全さも十分味わう事が出来た。

後半は忘れられた調べを全曲。２曲目の途中からペダルを踏むたびに異音が発生するため途中でいったん中断したものの、集中力の方は途切れることがなかったようで、３曲目の 「祝典の踊り」以降も鮮やかに弾ききっていた。アンコールは２曲だけだったが、いずれも非常にお洒落な小品を抜群の手際で弾き拍手喝采。終演後も少々お話しすることも出来、 充実の演奏会であった。

さて肝心の演奏は前半から展覧会の絵という非常に力の入ったプログラムだが、細部にまで手が込められた緻密かつ圧倒的な演奏だった。概して彼の演奏はテンポどりとかデュナーミクとかにクセがある ように思うのだが、この前半についてはそれが上手く音楽と結びついていていい効果を出していたように感じた。所どころに組み込まれた意表をつくパッセージやら、ババ・ヤーガからキエフへとつづく部分での低音部を加えての轟音やらは 彼のひとつの特徴的な表情だろう。

後半はロシアン・スケルツォ、ドゥムカのあとに眠れる森の美女だが、どちらかというといずれもややあっさり目の演奏。それでもロシアン・スケルツォのコーダ部分の推進力やドゥムカで聴かせた弱音など 惹かれるところは多かった。個人的には曲集の中の１曲を練習している「眠れる森の〜」を一番期待していたが、非常に楽譜から自由な演奏を聴かせてくれ、勉強になった。 アンコールについては度重なる拍手にこたえて１曲だけ。これも歌心のある演奏を聴かせてくれたのだが、惜しむらくは演奏が始まってすぐに携帯の呼び出し音が鳴り響いてしまったこと。アンコール１曲だけだったのもその所為？とか 思ってしまったが、なにせ無粋なこと甚だしい。

自分としても今までほとんど聴くことの無かった４番のコンチェルト、しかも今回は初稿による演奏ということだったのだが、濃密でもあり叙情的でもあり、さらには技巧的なラフマニノフの世界を十二分に 堪能できた。本人は来日前に４０度の熱を出し、２日前までは病院に行ったりと随分と大変だったようだが、今日の演奏はそんなそぶりを全く見せない力強い演奏で驚いたとともに、 この２年間の彼の成長振りも感じられてすごく嬉しかった。 演奏後は鳴り止まぬ拍手にアンコール２曲！いずれも嬰ハ短調の小品でまとめていたのだが、これまた濃厚なラフマニノフ。特に最初に弾いた音の絵は素晴らしい出来栄えで、これだけでも満足、というもの。

さて、前半についてはショパン＆リスト、個人的にはショパンのほうが出来がよかったかな、という印象。前から３列目という比較的ピアノに近い 席で聴いていたせいもあるのかもしれないが、弱音のパッセージは綺麗に弾けているのだが、和音のところになると音量のコントロールを失いがち、というのが散見された。 これは特にリストに顕著だったのだが、和音のパッセージになるとどうしても音自体も大きくなるが、そのあとに続く単音パッセージ（あるいは音数の少ないパッセージ）が貧弱に聴こえてしまうところが ちょっと残念。ノクターンなどは丁寧に響きを聴きながら弾いており素晴らしい演奏だったと思うし、ソナタの方もやや暗譜が怪しくなってしまうところはあったものの ４楽章まで集中した音楽作りを出来ていたのは好印象だったので、惜しいと感じたところ。で、肝心の?!ノルマだが、上にも書いた、和音と単音（あるいは音数の少ない）のパッセージでの強弱のギャップがちょっと強く 感じられてしまったため、盛り上がったと思っては失速、という感じも･･･。それでもト長調の左手オクターブ伴奏のところは楽器をよく鳴らして華やかな響きを作っていたし、 最難箇所の両手交差の所もかなり軽めながらもそれほどテンポを落とさずに弾いており、その点では及第点ではあるのだろう。

後半はリストのソナタもノルマと同じような傾向がでており、やや燃焼不良というのは否めない。演奏終了後の彼の表情もイマイチ明るくなかったのはその所為かも、などと勘繰ってしまったりも。タンホイザーのほうは、 なかなかに熱い演奏を聴かせてくれて、まあよしかな、というところ。

アンコールについては２曲目のハンガリー狂詩曲と３曲目のガーシュウィン（特に後者はこんなレパートリーもあるのね、という驚きもあるが）は十分楽しめた。 そうそう、彼は全体的に早弾き系なのか、ショパンのソナタの３楽章やリストのソナタもかなり速めのテンポで弾いていたのも印象的（リストは確か２８分ちょい？）。けど、速いパッセージを粒立てて弾くのは それほど得意でなさそうなのが編曲物弾きとしてはう〜む、というところか。正直、ショパンはいい感じなんだしなぁ･･･、余計なお世話ではあるが。

演奏の方はなんといえばいいのか、非常に自然で穏やかなものといえばいいのか。前半のショパンはいずれも肩の力が抜けた非常に優しい音楽。個人的には子守唄が一番良かっただろうか、 あの細かいパッセージやらも粒立ちよく響くし、ヴェルヴェットのような音色とはこういうのを言うんだろう、と感じた次第。幻想ポロネーズもおよそ８０歳とは思えぬ熱演で 引退だなんてもったいない限りと聴きながら思ってしまったが･･･。

前半はどちらかと言えばしっとりと心穏やかな音楽だったのに対して、後半はスペインもの。イベリアの演奏はＣＤでそれこそ幾度と無く聴いたが、ライブで聴けるのは本当に嬉しい限り。 音色の多彩さ、リズム感・拍子感はもちろんのこと、技術的な不安も感じさせず（前半と比べても難曲だと思う）、まさに手の内に入った演奏。イベリアの中ではやはり「港」「アルメリア」の 出来がよく、陽光降り注ぐスペインの港町を見事に描いていた。つづくファリャも熱演、後日楽譜を眺めてみたが、難易度の高い大曲のこの曲を非常に自然に聴かせてくれた。

アンコールについては２曲目のアンダルーサの間合いの取り方、モンポウの響き、など挙げれば限が無いのだが、本当に内容の濃い演奏で久しぶりに穏やかで幸せな気持ちになった。本当にもう来ないのかなぁ･･･。

それぞれの演奏についてだが、最初のリストは怪しい箇所がいくつもあり（弾きなおしたり（止まらずだが）、オクターブ違って弾いたりとか･･･）、正直大丈夫なのか、と心配に。
続くベートーヴェンは少々持ち直していたが、ＣＤを聴いた時に思ったほどの衝撃は感じられなかった。とはいえ、個性的な演奏ではあったが･･･。

後半はドビュッシー＆メシアンと言うことで彼の得意分野だったのだが、ドビュッシーは特に「アルペッジョのための」が印象的、ピアノをきれいに響かせていた。ちなみに「８指のための」は「１０指の ための」だったように見えたのは気のせい?!
メシアンは彼の手の内に入った演奏で、非常に安定度も高く内容も充実していた。圧巻は「喜びの精霊のまなざし」だが、あの難曲をほとんどミスタッチもなく８分を切る高速で弾き抜けたのには驚嘆！

アンコールが８曲！というのもびっくりだったが、リゲティの時は自作のコピー楽譜をステージに持って出てきて弾いていた。「ファンファーレ」は左手の奇妙なスケールがなんとも滑らかで楽しく、「魔法使いの弟子」は最初の方、ちょっとピアノのアクション とうまく馴染まないのか、音がかたまって聴こえるところもあったが鮮やかな指捌き。その後のドビュッシーは「金色の魚」がなかなか秀演、この曲は彼のカーネギーライブで初めていい曲だと感じた曲だったので、ライブで聴けて幸運。 アンコールでの「２０の眼差し」にはちょとびっくりしたが、やっぱり安定感の有る演奏。「５指のための」ではフランス人的な？ユーモアの有る仕草をみせたり「オクターブのための」では速めのテンポでスカッと爽快な演奏を披露してくれたり、と楽しませてくれた。で、一番最後にまたもや 「２０の眼差し」からだったが、これは本当に素晴らしい演奏。敢えて、アンコールの時に用意された譜面台を自ら片付けての演奏だったが、弱音が素晴らしくコントロールされていてまさに夢見心地の音楽！

後半はショパンのソナタからだが、緊張の所為か次の１拍目が前の小節につっこんでしまうように聴こえるところがちょっと残念。２楽章は非常に軽やかな指捌きで、 右手の速いパッセージも粒立ちのよい音でパラパラと、というのがそれに近い表現。３楽章は柔らかなヴェルヴェットのような音色でこれも心地よい。そして４楽章だが、 やや速めのテンポ設定での演奏だったが、ところどころ突っ込みすぎて歌が切れてしまうところは残念。
つづくグラナドスは弱音が美しい演奏だが、個人的にはもう少しテンポがゆっくり目のほうが好み。 アルベニスのエヴォカシオンは薄墨を流したような中での煌きといった感じの秀演、トゥリアーナの方は途中で暗譜が飛んでしまって聴いていてびっくりしたが何とか持ちこたえて、という感じ。 ちょっとテンポ取りが速すぎたのかも、と思ったがどうなのだろう。

アンコールのなかでは３曲目と５曲目のヴィラ・ロボスが特に楽しい演奏。その他の小品もつやのある演奏で充分楽しめた。終演後はサイン会があったようだが、辻くんとの約束のお食事会へ。

ちなみに演奏の方だが、前半は曲間に拍手が入ることなく、変奏曲から熱情まで一つの曲のごとく弾き切っている。このなかでも、雷鳴のようなフォルテからヴェルヴェットのようなピアニッシモ、オクターブでも揺るがないレガートなど 音楽の作り方は丁寧でよく考えて弾かれており、真に迫る。後半はプロコフィエフ＆ストラヴィンスキーのロシアもの２曲。これらも非常に完成度の高い演奏、特に火の鳥は感動的な出来栄えで驚嘆。アンコールも ショスタコーヴィチあたりは恐るべき手際で弾いており、あの難曲のフーガもテーマがスッキリと聴こえる演奏。その前のカンパネラも安定して粒立ちのよい演奏、一方、最後の舟歌は美しい弱音で奏でるエレジー、といった感じで本当に隙がない演奏を聴かせてもらった。